AbemaTVの亀田企画に露呈したオンライン動画プラットフォームの課題

先日AbemaTVで放送された「亀田興毅に勝ったら1000万円」という番組が、オンラインビデオ業界の話題を席巻しています。オンライン放送のみで完結している単独の番組がこれほど話題になることは珍しいですし、プロアスリートとオンラインインフルエンサーを融合させた企画が累計1,000万を超える視聴回数を獲得したという成功に、素直に凄いと感動しつつ、これに関わった皆様の努力に敬意を表したいと思います。

一方で今回の出来事を冷静に分析した場合、果たして本質的にはどのような意義があったのか?トラフィック殺到でサーバダウン、バックアップのYouTube Liveで同時接続70万人スゲー!といった声が上がる一方で、本当にそんなに凄い出来事だったのか?という疑問の声も業界関係者で上がっていることは事実です。

意見の分かれる視聴者数に関する見解

5月7日に公開されたサイバーエージェントの子会社、渋谷クリップクリエイトプロデューサー飯塚氏のブログ記事がまたたくまに拡散し、これまであまり国内では語られない切り口だった「YouTube Liveにおける同時接続数70万」という数字が大きく取り上げられました。

渋谷ではたらく”ネット番組プロデューサー”のブログ
【Abemaの歴史的一歩】亀田興毅のYTL同時接続70万視聴がどれだけやばいか説明する。

一方で、これを単純に「スゴい」と言って良いものなのか?という切り口で冷静に分析されたアジャイル・メディアネットワーク徳力氏の記事がこちら。

AbemaTVの亀田企画1420万視聴は、スゴイのかスゴクナイのか(徳力基彦) – 個人 – Yahoo!ニュース
ゴールデンウィークの最終日5月7日にAbemaTVで放送された『亀田興毅に勝ったら1000万円』企画が、色んな意味でネット業界でも話題になっています…

 

かつてYouTubeに籍を置いていた私の個人的な意見としては、徳力氏の意見に頷く点は多く、特に同時接続数を客観的に分析した場合のインパクトや、ソーシャル上で散見される、間違った相対比較により「テレビにオンラインプラットフォームが勝った」と言わんばかりの賛辞には私も疑問を抱きます。

YouTube Liveの同時接続ってどれぐらいがスゴいの?

亀田企画のYouTube Liveにおける同時接続70万は、日本から発信した国内向けのライブ配信としては過去の他のプログラムと比較してもそこそこスゴい数字だと思います。しかしこれを個人YouTuberが放送している数分のライブ動画と比較するのはかなり無理がある話で、言うなればテレビで大晦日の3時間特別番組と、毎日深夜に放送している5分のスポット番組を比較するような、かなりミスリードな見解です。

公平を期すなら徳力氏の記事にあるように商業レベルでプロモーションの伴う他の企画物と比較するべきで、その視点から見た時には上には上が山ほどいます。特に日本というマーケットに捉われずに見てみると、桁が違う同時接続を記録した番組は過去にたくさん存在します。

例えば過去にRed Bullが実施したStoratos Missionという企画(成層圏からのフリーフォール)は、20分ぐらいの見せ場で800万という同時接続数を記録しており、YouTubeに残っているアーカイブ映像はこのブログを書いている時点で累積4,100万回以上再生されています。

Official YouTube Blog: Mission complete: Red Bull Stratos lands safely back on Earth
Official YouTube Blog: Mission complete: Red Bull Stratos lands safely back on Earth…

また、先のアメリカ大統領選におけるトランプ対ヒラリーの公開ディベート170万同時接続を記録しましたが、この接続数については「大統領選にしては少ないのではないか」と関心の低さを嘆くニュース記事すら出ていたりと、世界をみるとYouTube Liveの同時接続70万というのは取り立てて大騒ぎするほどの数字ではないことがわかります。

徳力氏がやはり記事内で指摘しているのですが、ネットの視聴回数とテレビの視聴率は単純比較はできません。特に多くの場合テレビの視聴率は世帯視聴率で語られているので、これはかなり別物の数字と思った方が良いでしょう。なんとなく寄せて考えるなら個人視聴率でみるべきかと思うのですが、NHKの2016年11月時点での個人視聴率調査結果を眺めてみると

NHK 2016年11月全国個人視聴率調査の結果(引用:http://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20161220_1.pdf)

参考として当時放送されていた人気テレビ番組の個人視聴率はこんな感じで・・

NHK 2016年11月全国個人視聴率調査の結果(引用:http://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20161220_1.pdf)

するってぇと・・・

はい、私もそう思います。当時大人気だった逃げ恥の最終回が突然ダウンしてテレビで見れなくなり、「いまならYouTubeで同時配信が見れるぞ!」ってなったら、きっと同時接続数百万ぐらいズドンと行ったのではないでしょうか。いや、そんな単純じゃないか??

それでもマイルストーンとして注目すべきだと思う点

私個人としては、今回の一連の企画はこれまでのインターネット上の動画プラットフォームに対していまなお「テレビ的」というコンテンツが大きな影響力を持っていることを再確認させてくれたという点、また日本というローカル市場を対象に独立した動画プラットフォームを運営する難しさというのも浮き彫りにされたところに注目したいと思います。

これまでの記事でも何度か述べたのですが、YouTubeをはじめとするオンラインのUGC動画プラットフォームで動画を公開するには、企画、撮影、編集、制作、編成、広報・・・1つのテレビ番組が作られて放送されるに至るすべての作業をいわばワンオペでクリエイターがやらなければいけないというチャレンジがあります。唯一やらなくて済むのはスポンサー(広告)を取ってくる「営業」というお仕事で、これだけをYouTubeが自動的にやってくれるわけです。それゆえ多くの個人クリエイターは動画の編集と公開に日々追い立てられて、コンテンツの質を追求するプロデュース部分や、そのコンテンツを宣伝して最適なタイミングで最適な形で公開するプロモーション、編成へ時間を割くことに難を抱えながら走り続けている人がたくさんいます。

一方でサイバーエージェントとテレビ朝日の合弁によるAbemaTVは、個人クリエイターよりもはるかに「テレビ的」な完成度のコンテンツをプロデュースすることができます。テレビの世界では実際に画面に映る人以外に数多くの専門の作家やプロデューサーなどが携わっているわけですが、現在のYouTuberの世界ではこれが思いっきり欠落している部分です。これが話題性や集客に大きく影響するところは、今回のYouTube Liveの同接数の差に如実に現れています。YouTubeを始めとする多くの動画プラットフォームが、現在テレビに流れている広告主の予算を狙って、自社で出資したりプロデュースするハイクオリティコンテンツへの投資を試みてはおりますが、いまだテレビ番組ほどの話題を呼ぶコンテンツがアメリカ以外の市場ではほとんど誕生していないという現実がありますが、今回の亀田企画はそこにテレビ的な装いで殴り込みをかけたと言えるかもしれません。

一方で独立系の動画プラットフォームを運用することにはとてつもないコストと技術が必要となることも今回のAbemaTVサーバダウンによって再確認されたと思います。検索エンジンを擁するGoogleのインフラに支えられたYouTubeや、同じくSNSとして頑強なバックボーンを持つfacebookなどに比べると、それ単体で動画をホストする独立系のプラットフォームには、トラフィックの変動に対応する冗長性や安定性に相当なチャレンジがあると思われます。なにせあのvineですら継続を断念したという荊の道なわけで、今回のAbemaTVダウン騒ぎに冷ややかな目を向ける関係者の中には「落ちてしまった」というプラットフォームとしての沽券に関わる事故を、「視聴数が凄かった」という話にすり替えているだけではないか?と思った人も正直多いのではないでしょうか。あのYouTubeですら、初期の頃にはサーバダウンが頻発して「will be back soon」な画面になっていた時代があったわけですし、時間とともにコストが下がって解決していく部分ではあるのかもしれませんが。(ちなみになぜか当時YouTubeのダウン画面は日本のマンホールの画像で、どうしてそうなっていたのかについては、中の人だった私もついに知る機会がありませんでした)

テレビだろうとオンラインのプラットフォームだろうと、「視聴者を獲得する」ということは、実はどれだけ広告主の予算を自分たちに誘導できるかの代理戦争です。単に観られるためだけであれば、世界を対象にできるYouTubeやfacebookで投稿するのが最も効果的でコストも抑えられるはずですが、そこはやはり広告の掲載面を自分たちで掌握する、ひいては値付けの力を握る、というゴールを目指して様々な動画プラットフォームが生まれては消えて行きます。日本はまだまだテレビが強く、そしてブログやtwitterといったテキスト主体のメディアも強い支持を得ているわけですが、それゆえに「オンライン動画にはまだ伸び代がある」ということもできるわけです。テレビやWeb媒体に流れる広告費を狙ってプラットフォームが視聴者争奪戦を繰り広げる裏で、個人YouTuberも自分たちで中小企業からタイアップを取ってくるなど、大小入り乱れての変革がこれからも当分は続くのではないでしょうか。


手前味噌ですがここで宣伝です(笑)

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