ケイシー・ナイスタットが2,500万ドルでCNNに買収
先日こんなニュースが流れてきました。
ケイシー・ナイスタットはニューヨークを拠点にYouTubeで動画を投稿しているYouTuberで、高いバイラル性とニューヨークの空気を体験できるおしゃれな映像センスが高く評価されていまして、ここ1~2年でもっとも人気が上昇したYouTuberの一人です。私も大好きで毎日チェックしていたのですが、最近Vlog(毎日投稿のVideo Blog)を止めると発表していて、果たして一体何が起こるのだろうと思っていたところにこの大ニュースが届きました。
ケイシー・ナイスタットってどんな人?
彼の詳しい情報はわざわざ書き起こすまでもなくこれらのサイトをご覧いただければお分りいただけると思います。ニューヨークの街並みとその日の出来事をブースターボード(電動スケボー)を駆りCanon 80D片手に撮影して毎日Vlog投稿。いかにもYouTuberらしく簡潔でおしゃれな編集、タイムリーな投稿を毎日サクサクと観ているうちに、独特のアウトローな魅力を持ったケイシー自身のキャラクターと相まって毎日観るのが癖になってしまう魅力的なチャンネルです。
なぜCNNはYouTuberに2,500万ドルも投資したのか
ケイシーは元TumblerのエンジニアリングVPだったマット・ハケットとBemeという動画共有アプリを運営していました。今回の買収は表面上このBemeをCNNが買収したということになりますが、正直な話このアプリはケイシー自身の人気度と比較してそんなに流行っていたとは言い難く、今回の買収を機にサービスクローズがアナウンスされているため、CNNが実際に手に入れたかったのはケイシー自身の人気というのが真相でしょう。過去にもGoogleによるNext New Networksの買収やMCN(マルチチャンネルネットワーク)のAwesomeness TV をドリームワークスが買収、直近ですとYouTuber向けスポンサーマッチングサービスのFameBitをGoogleが買収するなどYouTube絡みの大型M&Aはボチボチあったものの、YouTuber単体のチャンネルを大企業、しかも既存メディアが手に入れるというのはこれまでにない大きな動きかと思います。この背景には米国を中心にテレビ・新聞離れが進み、ネットを中心に時間を消費しているミレニアム世代のオーディエンスを何としても獲得したかったというCNNの強い投資意欲を想像することができます。なにせCNN, Fox, MSNBCを合わせてもプライムタイムの視聴者数は400万人を割ってズルズル来ていて今後増えるわけもないというところを、ケイシーのチャンネル登録者だけでも600万人近くいるわけです。今後ますますネットの視聴が拡大することを考えると、メディア企業としては奇抜ですが画期的な判断を下したというところでしょうか。
(出典:Cable News: Fact Sheet)
ケイシーはバイラルビデオの帝王なのか
ある時ニューヨークは記録的な猛吹雪に見舞われ、交通機関は完全にマヒ、さらにニューヨーク市による警戒が発令され公道を一般の自動車が走ることは禁止されるということがありました。実は私はこの大雪に完全に巻き込まれており、交通が遮断されたため従業員が出勤できないということでホテルのリネンサービスから街のレストランまですべてが機能停止したマンハッタンで、ひたすらスマホの画面に表示される「公道で運転することを禁止します」という警報メッセージを見つめて途方にくれていました。やること無いんで大好きなケイシーのチャンネルでも見るか、きっと大雪について何か面白いことでも言ってるんじゃないかと思ったところ・・・
やってくれたよケイシーッwww
交通規制が出ているはずのタイムズスクエアをスキーとスノボで走り回るケイシー一味!冒頭のニュース映像は「許可なく公道を走ると逮捕されることがあります」・・・ガン無視w この日のニューヨーカーは何もすることがなく家でボケーっとNetflixを観ているか、SNSで愚痴っているのがほとんどだったので、このケイシーのビデオはあまりにも痛快。恐らく日本でもバイラルビデオとして話題になったこの動画で初めてケイシーを知ったという人も多かったのではないでしょうか。
これ以前にも彼はPrankvsPrankのアラジンの魔法のカーペットを再現した動画などでバイラル的人気を得ていたので、彼のことを「バイラルビデオの帝王」と称する声も多いのですが、果たしてそれだけで彼がここまでの地位を築いたかというと、答えはNOです。
YouTuberとしての地道かつ戦略的な積み重ね
ケイシーのビデオは大きく分けて2つのパターンがあります。毎日更新されているニューヨークの日常を届けるVlogと、(たぶん)スポンサー予算を得て製作されているバイラルビデオです。
オシャレなVlog。ケイシーのリア充ニューヨーカー的ライフスタイルが素敵
これはナイキからスポンサードされた作品。予算を使い切るまで世界を旅するといういかにもYouTuberらしい体当たり企画
この2つのパターンにはそれぞれ別な効果があると思われます。Vlogは彼のチャンネルを「毎日観たい」「チャンネル登録して明日も観たい」と思わせる、着実なファン層の構築。一方でバイラル動画はSNSなどで一気に拡散することによる「宣伝集客効果」と、次のスポンサーにこのYouTuberに仕事を依頼したいと思わせる彼自身の「宣伝」「オンラインポートフォリオ」としての効果です。一般的なYouTuberを見ていると、どうも2つのうちどちらかのみに注力していて、視聴者獲得の戦略とビジネス拡大のスケール感に欠けるケースが多いような気がします。日本では毎日お菓子やおもちゃのレビューを上げている人が多いですが、これはなかなか爆発的なバズ効果を得ることは難しく、中にはチャンネル登録者になんとかして毎日動画を届けなければいけない(仮に動画がスカスカだったとしても・・・)という強迫観念で自転車操業に陥っている人の話もよく聞きます。一方ブランド企業のチャンネルやプロのフィルムメーカーのチャンネルは時として大きなバイラル効果を生むバズ動画には成功していることもありますが、総じて寡作で、SNSでタイムラインに流れて来たら観るかもしれませんが、チャンネルを訪れても寂しい感じなのでわざわざ登録してまた明日も観たいとは思えないパターンが多い気がします(ユーザエンゲージメントには成功してない?)
オンラインスターらしいアウトロー的姿勢
今も昔も飛び抜けたグロースハッカーには時としてアウトロー的性格やリスクを取る姿勢が功を奏すことが多いものです。ケイシーも例に漏れず、多くの動画でヒップでアウトローなスタイルを展開していて、それが彼自身の魅力にも繋がっています。
まず彼のトレードマークであるブースターボード。多くの国では公道をこれで走ることは禁じられていて、実際彼もたまに問題に巻き込まれている動画があります。さらに彼のVlogには必ずと言っていいほどドローンを用いた空撮シーンが差し込まれているのですが、ドローンの航空管制区域を表示するアプリHoverで見る限り、彼が撮影してそうな地域はほとんど飛行禁止となっています。ブッチしてんのかな・・・?また先に紹介した大雪の日の動画、よーくディスクリプションを見ていただくとBGMのライセンスがフランク・シナトラの「New York, New York」になっています。そりゃあんたニューヨークといえばこの曲でしょう!と思いますが、これが正式なライセンスを経たものなのか、勢い著作権の申し立てを受けることを覚悟の上で勝手にエイヤで使っちゃったのか分かりませんが、いずれにしてもこの動画からは100%の収益は受けられずフランク・シナトラの方に収益の一部かあるいは全てが行ってしまっている可能性があるわけです。でもこの動画がバズるためにはどうしてもBGMはこれじゃなきゃ雰囲気じゃなかったと。1本の動画の収益よりもバイラル!もはや肉を切らせて骨を断つ的な作戦w
新しいものはどんどんいじっちゃう。お巡りさんに怒られるシーンは美味しいオチとして使う。日本だと一歩間違えば(いや、確実にか)炎上してしまうかもしれないギリギリのグレーゾーンからアウトあたりをなぞるハッカー的スタイルに、視聴者はどことなく憧れているのかもしれません。
日本からケイシー・ナイスタットは生まれるか
日本のYouTuberを取り囲む環境はアメリカほど恵まれてはいません。デジタル広告シフトが遅れているこの国では再生あたりの広告単価はアメリカより低くなることが想定されますし、それ故に収益効果の低さに喘ぎ、毎日コンビニのお菓子を食べてンマイとか、ひたすらゲーム実況をやり続けるなど、下手すると粗製乱造に繋がってしまっているケースも多く見受けます。またバカッター騒ぎに代表されるように、若干ハミ出しのアウトローに対しての社会的視線は相当厳しいものがあります。しかし日本では日本のやり方を保ちながらも、ケイシーのように戦略的にチャンネルを成長させ、Exitとして自身のブランドを売却、あるいは放送局や大手プロダクションとアライアンスなどの成功事例は今後出て来てもおかしくないのではないかと思います。要は先日の記事で書いた、テレビ局など既存メディアが持っている「編成、製作、営業、広報」を全部一人で(あるいはチームで)できる人が生まれれば良いのです。それこそが次世代のメディアを担うビジネスモデルに繋がっていくはずです。いまは趣味の延長がたまたま化けたという人が多いかもしれませんが、将来的にはビジネスオーナーとしての「意識高い系YouTuber」がどんどん増えて行き、ペットの動画を上げたりメントスコーラ食らってるぐらいでは太刀打ちできないハイクオリティでテンションの高い世界に変わっていくのではないでしょうか。
その時こそ、ついに既存のテレビ局は顔面蒼白の断末魔に襲われているような気もしますが。